『上司・部下』
元内閣安全保障室長 佐々淳行
〜前段部分省略〜
「上司」たる者は「従卒の眼に英雄なし」という言葉を肝に銘ずるべきだ。「上司」と「部下」の理想的な信頼関係は、相互に「愛情(アフェクション)と尊敬(リスペクト)」を抱きあう、双方通行の感情の上に成り立つ。
「友情」も「恋愛」も実はこれと同じだ。上下の信頼はこの二つの要素のいずれかがあれば成立し得る。「認めない、嫌いだが、力量識見は尊敬できる」という形かあるいは「どうも尊敬はできないが人間的に愛すべき人柄だから」という形で特別権力関係はなんとか存続する。「憎むべき人物でしかも無能狭量」といずれの要素も欠ける場合は、その職場は地獄となるだろう。「上司」たる者の人間的器量については、アンドルー・カーネギーの墓碑銘「自ら、より賢き者を身辺に近づける術を知りたる者、ここに眠る」(Here
lies one who knew how to get around him men who were
cleverer them himself)という銘文は熟読含味すべきものがある。危機管理の世界では、中間管理職(警察用語では「監督者」)の心得として「上司の慶事より部下の弔事」という鉄則がある。
次官・局長の娘の結婚式のお祝いと殉職した部下の通夜(家族の不幸も同じ)がバッティングしたときは、心ある中間管理職は白ネクタイは後回しにして黒ネクタイを結ぶべしということである。この「部下」に対する人間的な感情移入の有無が、「部下の「上司」に対する忠誠心の淵源となるのだ(よき上司としてのここを絵はまだまだたくさんあるが、紙面に限りがあるので拙著「平時の指揮官、有事の指揮官」を一読されることをお勧めする。実はこのゲラを読んだ文藝春秋の堤堯氏が「まるで自分を鏡で写してみているようだ」とショックを受けて即座に将来の文庫本化の予約があった程だった。)
よき部下である要諦は、昭和六十一年七月内閣機能強化の第一弾として内閣内政審議室、外政審議室、安全保障室、情報審議室、広報官室のいわゆる内閣五室制が導入されたとき、時の官房長官後藤田正晴氏から初代の五室長に与えられたいわゆる「後藤田五訓」がそれである。
「後藤田五訓」とは
一、 省益を忘れ、国益を想え
二、 聞きたくもないような嫌な悪い事実を報告せよ
三、 勇気を以て意見具申せよ(私が官房長官ならこうしますといえ)
四、 私の仕事でないというな(消極的権限争議の禁止)
五、 決定が下ったら従い、命令は直ちに実行せよ
この五訓を裏返せばすなわち危機管理の最悪の敵「官僚主義」になる。国益はそっちのけで省益を争い、悪い情報は報告せず、肝心なときは意見をいわず、私の仕事ではないと不作為に徹し、決定が下っても従わず、面従腹背、命令実行をサボタージュする・・・。こうなれば、その職場は破滅するだろう。
内閣五室の初代室長たちはこの後藤田五訓を肝に銘じ、それを実行した。一代目以後この五訓はないがしろにされ、そして今日の行政不信を招いている。
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